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コラム 雑談の部屋①

Q:「不忍(しのばず)池」←読めなすぎて草
A:漢文の用法だから。

東京は上野にある不忍池。「こち亀」などにも登場し、下町名所の一つですよね。
でも、思いませんか?読めねーよ、って。「忍不」だったら語順的に読めそうですけど・・・どうしてでしょう。

まず「しのばず」の由来から。これが諸説あるのですが、「しのばず」の音に「不忍」を当てたのは確実なようです。

 その漢字の当て方ですが、漢文の考えを利用しました。日本語の「(動詞し)ない」は、漢文では「不+(動詞)」で表します。例えば「書かない」は「不書」、「要らない」は「不要」のようになります。
「しのばず」は「忍ばない」の古い言い方。つまり、
「しのばず」→「忍ばず」→「不忍」
となるのです。

この「不忍」の例に限らず、「不+〇〇」「無+〇〇」「非+〇〇」「未+〇〇」といった、いわゆる打ち消し語を伴う熟語については、それぞれ「〇〇ず」「〇〇無し」「〇〇に非ず」「未だ〇〇ず」と読むことができます(例:「不要」→「要らず」、「無用」→「用無し」、「非文」→「文に非ず」、「未完成」→「未だ完成せず」)。これは全て、漢文の用法からできたものです。

パッと見聞きするだけでは不思議な地名でも、漢文の知識があればわかってしまうのです。


Q:なんでお正月なのに「迎春」なの?
A:一年は春から始まっていたからです。

最近めっきり少なくなりましたが、お正月の風物詩といえば年賀状ですね。一年に一回、年賀状だけは出す、という方もいると思います。

ところで、年賀状には「謹賀新年」や「迎春」など、挨拶文のようなものをよく書きます。ちなみに、こういった言葉を「賀詞(がし)」と言います。しかし、よく考えると、「迎春」って、季節間違えていますよね。普通お正月は厳寒期で、なんなら雪が降る地方も多いはず。なのにどうして「春」なのでしょうか。

その鍵は、日本の旧暦にあります。今の暦(カレンダー)の、一つ前のカレンダーです。旧暦では、「春」は「1月〜3月」を指していたのです。昔、一年は春始まりだったんです。現代でもその慣習が残っており、冬なのに「春」の訪れを「迎える」んですね。

一年が春から始まるのは農業と関係がある、という説が一般的です。旧暦では、「1月」を、二十四節気の「雨水」を含む月としていました。二十四節気とは、一年を24等分して季節の目安とするものです。そして、「雨水」は、現在では「2月18日くらい」にあたるのです。当時は「雨水」を目安に農業の準備を始めていたようです。ちなみに、旧暦で計算すると、旧暦の元日は「立春」前後に来ます。ここからも、「一年の始まり=春の始まり」というのが読み取れますね。

同じ話は現在使われている暦(グレゴリオ暦といいます)にも言えます。原型は古代ローマで作られ、その暦は3月からスタートして年末に終わるもので、1月と2月は日付が存在しませんでした。冬の期間は農業をしない時期であったので、日付が必要なかったんです。さらに、一年の始まり(3月1日)は「春めいた日に王様が新年を宣言する」というアバウトさ。「暦は農作業と密接に関係している」ことが如実に伝わってきますね。

カレンダーは、普段あまりに身近なため、意識していないかもしれません。しかし、そのような身近なものにこそ、深い意味や歴史、工夫が込められているものです。


Q:「新しい」と「新た」で読み方が違うのはなぜ?
A:日本語の乱れです。

漢字の「新」という文字は、「新(あたら)しい建物」「新(あら)たな計画」というように、「あたら」と「あらた」の訓読みがあります。同じ漢字で「た」と「ら」が逆になっているのです。この理由は、古文を少し勉強すると見えてきます。

頻出の古文単語に「あたらし」があります。意味は「惜しい」。「新しい」ではありません。現在でも「あたら重要な人材を失った」のように「惜しくも」の意味で稀に見ます。ちなみに「あたら」は漢字で「可惜」と書きます。これは漢文で「惜しむべし」と読み、「残念なことだ」といった意味です。

そして、「新しい」は「あらたし」と言っていたのです。「新しい」という意味のくせに、万葉集でも見つかるほど由緒正しい言葉です。

偶然にも似た発音を持つ両者。当然、時代が経つにつれて混乱し、ごちゃ混ぜになります。その結果、「あたらし」に「新しい」の意味が加わったのです。すでに平安時代の文献に「新しい」の用法の「あたらし」が見つかります(『堤中納言物語』など)。

「日本語の乱れ」などと叫ばれて久しい昨今ですが、平安時代から日本語は「乱れ」ていたんですね。

 

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