どうも。
りゅうです。
タイムズ(※:キュリアスが毎月生徒に発行するお知らせ)のコラムでお会いするのは久しぶりですね。
とても寒い日々が続いていますが、皆様はいかがお過ごしでしょうか。
ご存知のとおり今キュリアスでは「受験期」の真っただ中。
一年で一番辛く、そして一番熱い時期でもあります。
受験生は遅くまで、身体も精神も消耗しながら歯を食いしばって机にしがみつく毎日です。
在校生は、そんな受験生の背中を見て、傷つきながらも戦い続ける戦士たちへの憧れと、自らの戦いに向けた不安な気持ちを抱く日々。
塾として携わる中では「一年で一番生徒がカッコ良く見える時期」と言っても過言ではないでしょう。
さて、ここで一つ受験生に向けて僕からの最後の授業です。
結構いつも言っていることなんだけど、ゆっくり文字でまとめたことは無いと思うのでしっかり聞いてね。
では授業始めま~す。
まずは、問題提起から。
『君たちは何のために勉強しているでしょう?』
「テストで良い点を取るため」
「受験に合格するため」
おっと…「しないと怒られるから(笑)」なんて意見も聞こえてくるね。
もちろん、どれも正解。
自分が思う理由は間違いなく一つの正解です。
自信をもってしっかりと自分の意見を持って下さい。
それでは
『僕はなぜ君たちに勉強させたのか?』
これが僕が最後に、そして本当に伝えたいことなんだよね。
今までずっと
「点を取るために勉強しろ」とか
「どうしたら点がとれるか考えろ」とか
「合格を逆算しろ」とか
色々言ってきたけどさ
誤解を恐れず本音を正直言うとさ。
『君たちが点を取れなくても、合格できなくてもいいんだ』
塾の先生が、しかも塾長がそんなこと言っていいの? と思う人はここにはいないと思う。
むしろ、こういうこと言っても誰も信じないくらい僕は「結果」に執着してきたし、そのために君たちに最大の努力を強いてきたからね。もちろん僕も教員も君たちのその気持ちに応えるべく(奴隷のごとく)最大の努力をしてきたのを知ってると思うから。
ブラック万歳!!(笑)
でも、そうし続けた本当の理由は実は別のところにあったのです。
さて、ではその本当の理由とは果たして!?
…と、次回に続きたいところですが、寂しいもので大学受験生はもう卒業です。
しっかり最後まで今回のコラムで伝えたいと思います。
もう一度言います。
『君たちが点を取れなくても、合格できなくてもいい』
どういうことか。
知ってのとおり「点をとること」や「合格すること」は実は「単なる過程」に過ぎないよね。
でも、このことは残念ながら君たちの多く、いや、大人になっても本当に多くの人が忘れてしまいがちなことなんだ。
頭では分かっているはずなのにね。
過程には成功もあれば失敗もある。
辛い時もあれば楽しい時もある。
とてもシンプルで当たり前のことだよね。
みんなが知ってる。
「努力した結果、うまくいかない」なんてことはこれから先、生きていく上で今の君たちの経験とは比べ物にならないほど、数多く起こるんだ。
というより、世の中は結構ひどいもんだ。
うまくいかないことが当たり前なんだ。
その中で努力したらした分、失敗したらもちろん悔しい。
成功すればもちろん嬉しい。
だから皆必死になって努力をするよね。
君たちもここまで来るまでに何度の失敗から立ち上がってきたことか。
ここでもう一度質問に戻ろう。
『僕はなぜ君たちに勉強をさせたのか?』
「良い成績がとれるようになって欲しいから」 それもある。
「受験に合格して欲しいから」 それもある。
「勝つ喜びを味わってほしいから」 もちろんそれも大いにある。
ただ、一番は
人生において「失敗」を体験した時に
次に何をすればいいか自分の頭で考えて実行できるようになって欲しいから
なんだよね。
これが今までの苦行(?)の本当の目的なんだ。
これから生きていく上で成功と失敗、どちらが多いと思う?
もちろん圧倒的に「失敗」だよね。
だって大抵の「成功」って「失敗」にぶち当たっても諦めずに努力や工夫を続けた結果でしょ?
つまり、失敗に慣れなければ成功は無いんだ。
一時的に「失敗」と思われることが起きたとしても、今までの努力の成果が消えるわけじゃない。
その場に立って、不貞腐らずに言い訳せずに「次になにをするか」を考える力。
そんな力が僕は人生で最も大切な力の一つだと思ってる。
あと、もちろん「優しさ」は忘れずに。
そういう意味では人生において教えたいことは大体教えたつもりだから、今後、君たちはどんな試練があっても大丈夫だよ。キュリアスの免許皆伝として、最後まで最大限の努力を積み重ね、思う存分受験会場で暴れておいで!!